善光寺と北信濃平成10年10月16〜17日
新潟県の長岡支店に転勤した息子を訪ねる前に観光バスで「善光寺と北信濃ロマン街道」を巡りました。
前日に宿泊した
ホテルメトロポリタン長野
にて
美しい自然や古い史跡・文化と新しい長野に触れる「定期観光バス」にて長野駅を出発。
長野は善光寺の門前町として発達した都市です。
善光寺
阿弥陀如来様を御本尊として、創建以来約1400年もの間民衆の心の拠り所
として宗派の別なく人々の信仰を集めてきました。戦乱に巻き込まれ荒廃
しましたが徳川家康より寺領の寄進を受け、復興し泰平の世には一生に一度は
善光寺参りをと多くの人々が参詣しました。一貫して男女平等の救済を説く
寺院としているため女性の参拝者が多いことが善光寺参りの特徴だったようです。
多目的スポーツアリーナ
「ビックハット」
武田信玄と上杉謙信が戦った
「川中島古戦場」
車窓から眺める
松代(真田宝物館・真田邸・文武学校)
      三施設共通券で自由見学           (パンフレットより)
真田氏について
  真田氏が武門の家として史実にあらわれてくるのは戦国時代幸隆が武田信玄に
   見出され、川中島合戦や上州攻略で勇名をとどろかせたことによる。
   その後三男昌幸が真田家をついで上田城を築き、戦国大名の地位を確立した。
   関ヶ原の戦いでは親子・兄弟が分かれて戦い、戦後徳川の天下となって
   昌幸は高野山麓に蟄居させられて没したが、長男信之は松代藩の領主となり、
   10代250年間信州の雄藩として明治維新まで北信濃を治めた。

真田宝物館と真田邸
   松代真田家12代幸治氏が昭和41年松代町に真田邸と戦国の世以来
   四百数十年にわたる大名家の伝承宝物を一括して寄付したもの。


松代藩文武学校
   真田氏は上田より入封以来文武をすすめてきました。
   1855年開校した藩校で、完全な形で現代に伝えている全国的にも稀な施設。
小布施
自由昼食に名物のを食べる
小布施 北斎館
江戸に生まれた北斎g晩年長く逗留した町が小布施
当地の豪商の庇護のもとに北斎画業の集大成と
称される天井絵の大画を描き遺した。
北斎館はこれらの天井絵をおく二基の祭屋台と
肉筆画で昭和51年に開館された。

祭屋台
      北斎の天井絵 
エムウエーブ

1998年長野オリンピックの会場として建設された
長野市オリンピック記念アリーナです。
信州の山並みを連想した屋根が、
M字型を波のように連続されていることからつけられた愛称。
木造吊り屋根構造による世界最大級のアリーナ。
長野オリンピック記念館
平成11年2月長野オリンピックの開催を記念し、大会の感動と遺産を伝えるための記念館を
オリンピック記念アリーナ「エムウェーブ」内に会館。
大会に関係する品々の展示や映像を使って大会を身近に体験できるようになっています。
2006年(平成17)11月  作成